「春」をテーマにしたプラークをご紹介します。
「春」や「春の花」をテーマにした美しいプラークをご紹介します。
プラークの歴史は古く、絵付の可能性を求めた熟練の絵付師が食器の絵付と並び、1753年に「磁板の上に絵を描く」ことを始めました。
マイセン磁器の生みの親、アウグスト強王の息子、アウグスト3世が磁器よりも絵画の収集に熱中した影響も大きくありました。
イタリア、フランス、オランダの名画の模写からは、絵付師たちの並々ならぬ手腕をみてとることができます。
この「絵画的絵付」が後に「プラーク」(陶板画)となって、マイセンの大きなジャンルに発展しました。
MEISSENメモ(105):マイセン磁器「パイプオルガン」のご紹介
マイセン磁器「パイプオルガン」をご紹介します。
マイセン磁器の生みの親、アウグスト強王にとって、マイセン磁器でパイプオルガンを作ることは悲願でした。
マイセンの町の広場に建つ聖母教会に設置したマイセン磁器製の鐘を作ることは出来ても、
高い精度が必要な本格的な楽器の制作は困難を極め、18世紀初頭に強王が依頼してからなんと約300年もの歳月を要しました。
これは「マイセン最長の納期」と語り草になっています。
造型家、ルードヴィッヒ・ツェプナーの研究と情熱、
そしてオルガン制作に200余年の歴史を有するイェムリッヒ社の協力によって、
世界初のマイセン磁器を使用したパイプのオルガンが2001年に完成しました。
磁器芸術の最高傑作の一つと言われています。
マイセン美術館では、折に触れてこのオルガンによる演奏会も開催されています。
ルードヴィッヒ・ツェプナー/Ludwig Zepner
1931年、シレジア(現ポーランド領)のマルクヴィッツに生まれる。
1948年、17歳で国立マイセン磁器製作所に入り、1年間絵付を学び、
その後3年間、成型を学びました。
1954年にベルリンの応用美術大学に入学。
卒業後マイセン製作所に戻り、さらに研鑽を積みました。
マイセン磁器製作所の未来を担うために作られた
そして「芸術の発展を目指すグループ」の一員となり
多くの名作を生み出しました。
現代マイセンのフォームは、ツェプナーの卓越した造形感覚に負うところが大きいと評されています。
自然観察の中から生まれた彼が考案したフォーム「グローサー・アウスシュニット」は、
「ブルーオーキッド」「アラビアンナイト」のテーブルウェアに用いられています。
白鳥をイメージしたポットには独特の優美な雰囲気があります。
2001年、化学者のような探求心をもって実験を重ね、磁器によるパイプオルガンを完成させました。
MEISSENメモ(104):
人形「ホットチョコレートを運ぶ女性」のご紹介
人形「ホットチョコレートを運ぶ女性」をご紹介します。
この人形は1745年頃、フランス系スイス人の画家、ジャン・エティエンヌ・リオタール(1702-1789)によって描かれた、
「ホットチョコレートを運ぶ女性」をもとに作られました。
食べるチョコレートよりも歴史の古い飲物ホットチョコレートは16世紀後半にスペイン人によってヨーロッパに広まり、
最高の贅沢な飲物として宮廷の話題を独占していました。
リオタールの絵の女性も、宮廷の侍女がモデルと言われています。
この絵画は最も美しいパステル画と評され、アウグスト強王の息子のコレクションに入り、
現在もドレスデンのツヴィンガー宮殿、アルテ・マイスター(絵画ギャラリー)に収蔵されています。
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